ルークが帰った夜更け、その日も見た破滅の夢。
ルーク曰く、ルークが見ているものを俺が認知してしまっている夢。
つまりはルークが見せてる夢だ。
だがルークにはこの夢の意味が分からないのだろう。
この破滅の夢を、ルークはどう捉えているのか…全く分からない。

今外はどうなっているのだろう。
見張りの男は『夢』の話しをどう父上に話したのだろうか。
まだ食事の時間ではないから見張りのものも顔を出さない。
地下牢に入ってここまで焦ったことはなかった。
ルークとも案の定繋がらなかった。

その日の食事も終には来ないかった。

母上も来なかった。

アッシュは地下牢に入って初めて一日を独りで過ごした。
それは十何年地下に閉じ込められていた時間よりも遥かに長く感じられ、その分考える時間はたっぷりとあった。
アッシュの死が先か、邸のものが死ぬのが先かと考えれば、アッシュの方が先なのは簡単に分かる問題だ。
その前にルークだけを助ける方法なんてあるのか。否、見つけなくてはならない。
そして、できる事ならばアッシュ自身の死も避けたかった。
それがどんな結果になっても構わなかった。

「綺麗でしょ」

また不意に声がした。
アッシュは気付かないうちに昨日と同じ様にルークが来ていた。
なんとなく淀んだ気配をだすルークは、それでもアッシュと似た容姿に幼い動作はルークそのものだった。
理解はしたくなかったが、ルークには昼の顔を夜の顔があるように感じた。

アッシュが声のするほうにくいっと顔を向けるとルークはすっとアッシュの斜め上を指差して「綺麗でしょ?」と再びアッシュに問いかけた。
アッシュには何のことだかわからなかった、がすぐに『あぁ』と気がついた。
そこには真っ赤な満月があった。
鉄格子でその姿をきちんと見る事はできないが、それでも満月なことは分かった。

「夜はさ、汚いものを隠してくれる」

「…汚い、モノ?」

アッシュは訝しげに聞いた。

「街とか人とか」

アッシュの中に嫌なものが流れ込んできた。それはルークの感情だ。
思った事を一言で表すならば『気持悪い』だ。
ルークから流れ込んでくるものにしては随分と汚い感情。
ルークと繋がらなくなって、ルークに何かあった。と言う事はアッシュ自身も気付いていたが、それがなんなのか アッシュには分からない。
ルーク自身知らせる気もないかのようだ。
繋がらない理由もそういった類のものは何も言う仕草をみせずにいた。

「好きじゃないんだ、生産的な匂いがするものが」

生きている事を誇示してくるから

ルークはポツリと呟いた。

アッシュはふらふらとルークの方へ歩いた。

全てに見捨てられたアッシュ。
全てを拒絶するルーク。
互いの眼にそう映っているに違いなかった。
あんなにもアッシュに優しさという愛情を与えてくれていたルークからは信じられない変貌ぶり。
アッシュは鉄格子越しからそっとルークの背を抱いた。
そうする事で強く流れ込んでくる悲しい音。
涙が出てきそうな程さびしいと軋む音。

「温もりを求めてるのは誰でもねぇ…お前自身だ」

だからルークはアッシュのところに来たのだろう。
自分と似た存在、慰めあえるとでも思ったのだろう。
自分よりも不幸な者に優しくして悦に浸っていたとは思えないし、そんな奴でもない事はアッシュ自身よく理解していた。
アッシュは全てを見透かすようにルークを見た。

「たくさんの人たちからの期待と罵声、暴力、笑っていれば平気になるとでも思ってんのか?」

思わずルークはアッシュを突き飛ばすとアッシュそのまま尻餅をついた。
心を見透かされて恐怖したのかどうかは分からない。
しかし、ルークはゴメンと一言謝るとアッシュの目の前に自分も座った。
それを目の端に捉えて、アッシュも尻餅をついた状態から座りなおし、きちんと話しをする姿勢を作った。

「最近変なものみないか?」

アッシュから話しはじめると、ルークは「家にいると夕方でもないのに周りが真っ赤になる。」と話した。
それに対してアッシュは「そうか」とだけいうと、どう説明すべきかを考えた。
言葉のまま『ここにいれば死ぬ』というのか、何も言わずただ『逃げろ』と言うのか。
何をどういえばいいのか、年のわりに人と接する機会が絶望的に少ないアッシュには分からなかった。

「なぁ、それよりアッシュをここから出すのが先だろ?」

悩んでいるアッシュにルークが言い募るとアッシュは自分が逃げてルークを守れなかった場合を想像した。
それは避けたかった。
ならば同時に逃げればいい。
アッシュはルークの手を取り「此処にいるのはつらいか?」と聞いた。
それにルークは少し驚き、しかししっかりとした口ぶりで「アッシュが、いるから」と笑った。
アッシュもルークも冷たい地下の温かな空気に救われていた。

「そっか」

とルークを先ほどよりも強く抱きしめると、ルークの腕もゆっくりとアッシュの背に回った。
それをアッシュが確認すると自然と「一緒に逃げよう」と言葉が出てきた。
ルークはその言葉を待っていたと言うかのように腰のポケットからじゃらと何かを取り出した。
それはアッシュが閉じ込められている牢の鍵だと直感で気付くと、「それをどうしたんだ」と不信気に問うとルークは牢の出口を指差してにこりと笑った。

そして気付いた。
さっきからルークを見て話しをしているのに、自分が犬の餌になるイメージが全く流れてこない事に。
焦るアッシュにルークは言った。

「アッシュの死を願うやつ等なんて死んじゃっても構わないでしょ?」